マネージメントの実施を妨げているもの

私は、スギ、ヒノキ、イネ科の花粉によって、目がかゆくなり、くしゃみが出ます。ひどいと喘息を起こしてしまいます。アレルギーです。

私の考えや意志とは関係なく、身体はそうした刺激に反応してしまいます。ですから、2月ごろから5月ごろまでは、外出時にはマスクをつけ、布団や洗濯物は年間を通して外に干すことはありません。

それは、身体が反応してしまう刺激を回避して、身体的な反応を起こさないためのマネージメントです。苦痛や症状を悪化させないために、必要な対処です。ご自身がアレルギーでなくても、ご家族がアレルギーに苦しんでいれば、当然そうした対処を選択されると思います。

では、なぜ自分の犬の恐怖反応に対しては、「身体が反応してしまう刺激を回避すること」を悪いことや、間違ったこと、恥ずかしい、よくないと考えてしまうのでしょう。

それは、行動がその犬の考えや意志といったものから生まれていると考えているからではないでしょうか。

恐怖は、生き残りに不可欠な機能です。それがなければ、危険や脅威を回避することはできません。直面している刺激に対して、また、危険や脅威となる刺激(状況)に直面することを予測した時に、脳(中でも古い原始的な脳の部分)が反応し、生き残るために、危険や脅威から身を守るための行動をすばやく起こせるよう身体が準備されます。アドレナリンやコルチゾールの分泌、瞳孔が開き、筋肉は緊張、心拍数や血圧が上昇するといった反応が起こります。

これらは、アレルギー反応同様、本人の考えや意志といったこととは関係なく起こります。このようなある刺激に対して自動的に起こる身体的反応を行動分析では、レスポンデント行動 Respondent Behaviorといいます。ぎくりとしたり、熱いものに触れたときに手足を引っ込めたりすることもそうです。

そして、危険や脅威から身を守るための行動が起こります。それは、過去に類似する状況で成功できた行動。つまり、不快や苦痛の源となっている刺激を回避またはそれから逃避することができた行動です。さらに、その場面においても同様に、不快や苦痛の源となっている刺激を回避またはそれから逃避することができれば、その行動はさらに強化されます。

強化とは、その後その行動が再び起こる可能性が高まることを意味します。実行された行動によって、恐怖をその犬に与えている刺激を遠ざけることができれば、その行動はそうした場面で繰り返し実行されるようになります。行動の直後に起きる出来事(環境の変化)、つまり、その行動によって得られた結果によって、その行動が増加したり減少したりすることをオペラント学習(オペラント条件づけ)Operant Learning(Operant Conditioning)といいます。そして結果によって変化する行動は、オペラント行動 Operant Behaviorといいます。

こうして行動を考えていくと、その動物が恐怖を感じる刺激に対して、反応を起こすことやその刺激に対する行動が繰り返される理由は、その動物の考えや意志ではなく、その動物が置かれた環境であることがわかっていただけるかと思います。行動を改善したい場合、改善すべきなのは、その動物の考えや意志ではなく、その動物が置かれている環境なのです。

その動物がすでに恐怖を感じる刺激に触れさせることは、その動物が苦痛を感じる状況に起き、身体の反応を引き起こし、そこから逃れるための行動を選択させ、さらにそれを繰り返すことを学習する機会を与えることになります。

ですから、まずすべきはその刺激に触れさせないこと。苦痛な状況に犬を置かない、望ましくない行動を強化しないためのマネージメントが必要です。

それを実施した上で、その刺激に対して身体が恐怖反応を示さないようにするために、新たな学習を起こす手続き(拮抗条件づけ(逆条件づけ)CC: Counterconditioningや系統的脱感作 DS:Systematic Desensitizationなど)を実施します。この学習は、先ほど紹介した結果によってその直前の行動の頻度や強度が増加したり減少したりするオペラント学習とは別の、ある刺激とある刺激が対提示されることによって、新たに同じ身体的反応を示す刺激へと変化するレスポンデント学習(古典的条件づけ)Respondent Learning(Classical/Respondent/Pavlovian Conditioning)というものです。

恐怖反応へのトレーニング戦略として、新たなレスポンデント学習(古典的条件づけ)を起こすためには、すでにその動物が恐怖を感じている刺激またはそれに類似するものをトレーニングにおいて用いる必要があります。しかし、恐怖反応を起こさせてしまっては、人道的かつ効果的にその手続きを実施することができません。ですから、その刺激のレベル(強さの度合い)を適切に調整する必要があります。これらの手続きを適切に実施するには、学習のしくみを理解しているだけではなく、刺激のレベルがどういった要素によって変化するのか、どの要素を、どう、どんなタイミングで、どのくらい調整するのかという知識とスキルが必要になります。

刺激のレベルを調整することなく、恐怖を感じている刺激に、その動物がその刺激から逃れることができない状態で暴露する(さらす)ことを、フラッディング Floodingといいます。人道的ではなく大きな副作用を伴うこの方法を、恐怖反応への対処として薦めるプロフェッショナルが、残念ながら未だに存在します。「社会化 Socialization」という名目で薦めている場合もあります。

その方法によって、もしも、その犬が反応しなくなったとすれば、そこで起きているのは、学習性無力感 Learned Helplessnessです。その刺激が苦痛を感じないものに変化したわけではありません。

ある動物が最初に逃れられない、耐え難い嫌悪刺激に暴露されると、最終的にその動物は諦め、その状況を回避・逃避することしなくなってしまう現象(Pierce & Cheney, 2013)

従順さと捉えられてしまうことがありますが、実際に起きているのは、人のうつに類似する状態です。

CC&DSを実施しているつもりでも、刺激についての知識や、刺激の調整と犬のボディランゲージの観察のスキル不足により、学習性無力感を起こしてしまうこともあるので、相談するトレーナー選びが(どんなトレーニングでもそうですが)非常に重要です。

また、恐怖を感じる刺激に直面したときに、どうすればいいかを教えることも重要です。望ましくない行動を改善する場合は、必ずその代わりに何をすればいいのか、代わりに実行する行動を明確にし、それを実際にその犬が実行できるように教える必要があります。その刺激から離れる、ハンドラー(飼い主)の後ろに隠れる、ハンドラーを見るという行動を教えて、犬がハンドラーを見たら、ハンドラーは犬と共にその場から離れるといったことができます。

望ましくない行動の代わりに実行する望ましいもしくは受容可能な行動を教えなければ、恐怖を感じた場合、それまで強化を受けてきた元のもしくはその他の望ましくない行動が選択されてしまうからです。もちろん、望ましくない行動の代わりに実行する行動は、正の強化 Positive Reinforcementで教えることができます。

では、恐怖反応とそれに続く行動を減少させることを目的として、怒鳴る、叩く、蹴る、リードを強く引く、チョークチェーンで首を絞める、電気ショックを与えるといった罰を与えたらどうなるかを考えてみましょう。

正の弱化(正の罰)Positive Punishmentといって、行動の直後にある刺激が提示されることで、行動が減少するという事象が存在します。その刺激は正の弱化子 Positive Punisherといい、嫌悪刺激 Aversive Stimulusです。

先ほど挙げた、怒鳴る、叩く、蹴る…ということは、嫌悪刺激として機能するもの。行動減少に役立ちそうに思えます。

しかし、起きている学習は、オペラント学習だけではありません。レスポンデント学習(古典的条件づけ)も起きています。嫌悪刺激の直前に知覚した刺激は、レスポンデント学習(古典的条件づけ)によって、嫌悪刺激と同様の意味を持つ(身体が同じ反応を起こす)ようになります。さらに、新たに苦痛を感じるものへと変化した刺激の直前に知覚した刺激もまた同じ意味を持つようになります。これを高次条件づけ Higher Order Conditioningといいます。嫌悪を感じる刺激はどんどんの多くなり、広がっていくのです。危険や脅威にいち早く気づき、すばやく対処するために。これも生き残りのために備わっている機能です。

もし、恐怖を感じる刺激をその犬が見ているとき、もしくは、見た直後に怒鳴る、叩く、蹴る…といった嫌悪刺激が与えられれば、恐怖を感じる刺激はさらに嫌悪を感じる刺激になり、ますますその犬に苦痛を感じさせ、避ける(遠ざける)行動をさせるものになります。その状況に存在する刺激はなんでも嫌悪を感じる刺激変わる可能性がありますから、それまでは反応することがなかった、他の人や車などにも反応するようになる可能性があります。外に出かける前にリードをつけられる、そのことが恐怖をスタートさせることさえあります。

つまり、罰を使うという選択(懲罰式で行動を変えようという試み)は、犬を恐怖を感じる刺激に暴露し続け、苦痛下に置き、行動は変わらず、罰するというさらなる苦痛を与え続けることになります。

それだけではなく、行動を悪化させる可能性も大いにあります。行動は環境を変えるために起こります。苦痛下に置かれていれば、行動は苦痛の源となっている刺激を回避する(遠ざける)ために起こります。もしも、その行動によって、刺激を回避する(遠ざける)ことができなければ、別の行動が選択されます。それは、より大きく強烈な行動です。

犬が恐怖を感じていることを無視したり、それによって起きる行動を罰すれば、「攻撃へのはしご」を登らせるだけなのです。

アレルギーと同じように、何かの刺激に恐怖反応を示すことは、その犬のせいではありません。また、その犬のすばらしさとも、まったく関係がありません。

愛犬が他の犬に恐怖を感じていて、散歩の時に吠えてしまうならば、向こうから犬がやってきたら、道の反対側に渡りましょう。他の犬に会いにくい道や時間帯に散歩しましょう。他の犬から大きく離れることのできる広い道を選ぶのもいい選択です。

他の人に恐怖を感じているならば、自分が人の多い場所に出かけるときは、家で留守番してもらう方がいいでしょう。家に誰かが訪ねてくるときは、その人たちと関わる必要がないスペース(部屋や場所)を用意して、そこにいさせましょう。どちらの場合も好きな食べ物を詰めたコングを幾つか用意して提供するといいですね。

犬が感じている苦痛(恐怖)を否定しない、無視しない、放置しない。犬の視点から苦痛を理解し、助けることは、その犬の生活の質も一緒に暮らす人や、周囲の人や動物の健康と安全も向上させることになります。

愛犬の行動について、自分一人でなんとかしようとする必要はありません。愛犬のよりよい暮らしを一緒にサポートしてくれる、科学的な知識とスキル、高い倫理観を持つ、行動を消すことではなく、犬の生活を改善することを目標にしているトレーナーを見つけて、相談してください。マネージメントの仕方を提案し、どうトレーニングすればいいかプランを立て、あなたが実際にそれを実施できるようにアドバイスし、手伝ってくれるはずです。

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